防火管理者は、建物の利用者に高齢者や障害者など要配慮者がいる場合、地域の避難支援体制と関わることがあります。
その中核にあるのが、市町村が作成する「避難行動要支援者名簿」という制度です。
きっかけは東日本大震災で、多くの高齢者・障害者の命が失われたことから、名簿の作成が法律で義務付けられました。
実はこの名簿、受け取った側にも法律上の秘密保持義務が生じることまでは、意外と知られていません。
避難行動要支援者名簿という言葉は、聞いたことはあっても中身までは知りませんでした。
近所にも一人暮らしのお年寄りが多いので、他人事とは思えません。
受け取る側の責任まで含めて、順番に見ていきましょう。
この記事の結論
- 「避難行動要支援者名簿」は、平成25年6月21日 府政防第559号・消防災第246号・社援総発0621第1号の通知で運用が示され、市町村長に作成が義務付けられました。
- 対象は、要配慮者のうち災害時に自ら避難することが困難で特に支援を要する者(避難行動要支援者)です。
- 名簿情報は、平常時は本人の同意を得たうえで消防機関や自主防災組織などに提供されます。
- 災害が発生し、又は発生するおそれがある場合は、本人の同意なしに提供できます。
- 名簿情報の提供を受けた人には、正当な理由なく秘密を漏らしてはならないという秘密保持義務が課されます。
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なぜ避難行動要支援者名簿は作られるようになったのか
大きな災害のたびに、高齢者や障害者の犠牲が繰り返し報告されてきました。
まずは名簿が生まれた経緯を確認します。
(災害対策基本法等の一部を改正する法律による改正後の災害対策基本法等の運用について 平成25年6月21日 府政防第559号・消防災第246号・社援総発0621第1号)内閣府及び消防庁においては、これまで「災害時要援護者の避難支援ガイドライン」(平成18年3月)に基づき、各市町村における災害時要援護者名簿の作成等を促進してきたところであるが、こうした名簿の作成・利用に当たっては、高齢者や障害者等に関する個人情報の利用・提供が個人情報保護条例によって制限され、防災部局と福祉部局等との間で必要な個人情報の共有が行えない、民生委員や消防団等の外部の避難支援者への情報提供が行えないという問題があったところである。このため、今般の法改正では、災害発生時の避難に特に支援を要する者の名簿(以下「避難行動要支援者名簿」という。)の作成を市町村長に義務付け(略)ることとしたものである。
東日本大震災では、多くの高齢者・障害者の命が失われました。
その背景には、
個人情報保護条例の制約で、防災部局と福祉部局の連携や、民生委員など外部の避難支援者への情報提供が進んでいなかった事情がありました。
そこで
平成25年の法改正により、避難行動要支援者名簿の作成が市町村長の義務とされました。
名簿は災害対策基本法第49条の10から第49条の13までに定められています。
次は、名簿にどんな人が載るのかを見ていきます。
名簿を作るだけでも、そんなに難しい事情があったんですか。
情報の共有そのものが壁だったんです。
次は対象になる人を見ていきましょう。
どんな人が名簿の対象になるのか
対象になるのは、要配慮者のうち一部の人に限られます。
条文の定義を確認します。
(災害対策基本法第49条の10)市町村長は、当該市町村に居住する要配慮者のうち、災害が発生し、又は災害が発生するおそれがある場合に自ら避難することが困難な者であつて、その円滑かつ迅速な避難の確保を図るため特に支援を要するもの(以下「避難行動要支援者」という。)の把握に努めるとともに、地域防災計画の定めるところにより、避難行動要支援者について避難の支援、安否の確認その他の避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために必要な措置を実施するための基礎とする名簿を作成しておかなければならない。2 避難行動要支援者名簿には、氏名、生年月日、性別、住所又は居所、電話番号その他の連絡先、避難支援等を必要とする事由その他市町村長が必要と認める事項を記載し、又は記録するものとする。
対象は、要配慮者のうち自力での避難が困難で特に支援が必要な人です。
判断は、
避難情報を理解し行動する能力と、同居親族の有無など
避難支援の必要性の両方を踏まえて行われます。
名簿に記載する事項は、氏名・生年月日・性別・住所・連絡先・避難支援等を必要とする事由など全部で7項目です。
高齢者だから、障害があるからといって自動的に載るわけではありません。
次は、この名簿がどう使われるのかを見ていきます。
避難の難しさが基準です。
次は情報の渡し方を見ていきましょう。
名簿情報は誰にどう提供されるのか
名簿は作って終わりではなく、実際に使える形で共有される必要があります。
平常時と災害時で、提供のルールが分かれています。
(災害対策基本法第49条の11)2 市町村長は、災害の発生に備え、避難支援等の実施に必要な限度で、地域防災計画の定めるところにより、消防機関、都道府県警察、民生委員、市町村社会福祉協議会、自主防災組織その他の避難支援等の実施に携わる関係者に対し、名簿情報を提供するものとする。ただし、当該市町村の条例に特別の定めがある場合を除き、名簿情報を提供することについて本人の同意が得られない場合は、この限りでない。3 市町村長は、災害が発生し、又は発生するおそれがある場合において、避難行動要支援者の生命又は身体を災害から保護するために特に必要があると認めるときは、避難支援等の実施に必要な限度で、避難支援等関係者その他の者に対し、名簿情報を提供することができる。この場合においては、名簿情報を提供することについて本人の同意を得ることを要しない。
平常時は、本人の同意を得たうえで消防機関や自主防災組織などに名簿情報が渡されます。
提供先は「避難支援等関係者」と呼ばれ、
消防機関・都道府県警察・民生委員・市町村社会福祉協議会・自主防災組織などが該当します。
一方、
災害が発生し、又は発生するおそれがある場合は、本人の同意を得ずに名簿情報を提供できます。
これは、一刻を争う場面で同意取得を待っていられないための例外です。
次は、この情報を受け取った側の責任を見ていきます。
自主防災組織の一員なので、うちにも名簿が来るかもしれません。
受け取る側にも決まりがあります。
次はその中身を見ていきましょう。
名簿を受け取った側にはどんな義務があるのか
名簿情報を受け取った側は、便利に使えるだけの立場ではありません。
ここが見落とされがちな落とし穴です。
(災害対策基本法等の一部を改正する法律による改正後の災害対策基本法等の運用について)名簿情報の提供を受けた者が、正当な理由なくこうした秘密を他者に漏らすことは、要支援者本人はもとより、その家族等の権利利益をも不当に侵害することになりかねない。(略)「秘密」とは、一般に『非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値するものをいう。』と解されており、本法の要支援者に関しては、心身の機能の障害に関する情報や疾病その他の健康状態に関する情報等が典型的に該当するものと考えられる。また、名簿情報として直接的に知り得るこれらの秘密に加え、名簿情報を利用した避難支援等の活動に携わる中で知り得た非公知の情報である家庭環境、人種、国籍、門地、信条等も秘密に該当しうる。
(災害対策基本法第49条の13)第四十九条の十一第二項若しくは第三項の規定により名簿情報の提供を受けた者(その者が法人である場合にあつては、その役員)若しくはその職員その他の当該名簿情報を利用して避難支援等の実施に携わる者又はこれらの者であつた者は、正当な理由がなく、当該名簿情報に係る避難行動要支援者に関して知り得た秘密を漏らしてはならない。
名簿情報を受け取った人には、正当な理由なく秘密を漏らしてはならないという義務が生じます。
対象は名簿情報を受け取った本人だけでなく、
その職員や、支援活動に携わる関係者にも及びます。
守るべき「秘密」の範囲は、
病気や障害の情報にとどまらず、活動の中で知った家庭環境や国籍なども含まれます。
災害発生時に、要支援者の救助のため
緊急に近隣住民へ知らせることは「正当な理由」にあたり、義務違反にはなりません。
なお、この義務そのものに、災害対策基本法の条文上は
罰則の定めがありません。
次は、この義務を踏まえて明日から確認すべきことを整理します。
ただ受け取るだけかと思っていましたが、責任は重いんですね。
組織の中で扱う人にも同じ義務が及びます。
最後に確認の手順を見ていきましょう。
明日から何を確認しておけばよいのか
最後に、建物や組織の側で確認しておきたい手順を整理します。
自分たちが名簿情報とどう関わるかを起点に考えます。
(災害対策基本法等の一部を改正する法律による改正後の災害対策基本法等の運用について)「名簿情報の漏えいの防止のために必要な措置」としては、組織の内部で名簿情報を取り扱う者を限定することや必要以上の名簿情報の複製の禁止、名簿情報の保管方法の指定、名簿情報の取扱状況の報告、使用後の名簿情報の廃棄・返却等が考えられる。
まず、自分の組織が「避難支援等関係者」として名簿情報を受け取る立場かどうかを市町村に確認します。
受け取っている場合は、
取り扱う人を限定しているか、複製や保管の方法が決まっているかを確かめます。
建物に
避難行動要支援者がいる場合は、避難支援の役割分担をあらかじめ関係者と話し合っておきます。
使い終えた名簿情報を
廃棄・返却するルールまで決めておくと、漏えいのリスクを減らせます。
制度は市町村への義務付けですが、実際の運用は受け取る側の備えにかかっています。
今度の会合で、うちの取扱いルールを確認してみます。
組織としての備えになります。
よくある質問もあわせてご確認ください。
よくある質問
Q避難行動要支援者名簿には、誰でも名前が載るのですか?
Aいいえ。載るのは要配慮者のうち、災害時に自ら避難することが困難で特に支援を要する人に限られます。年齢や障害の有無だけで自動的に載るわけではなく、避難情報を理解し行動する能力や、避難支援の必要性を踏まえて判断されます。
Q名簿情報は誰でも見られるのですか?
Aいいえ。提供先は消防機関・都道府県警察・民生委員・市町村社会福祉協議会・自主防災組織などの「避難支援等関係者」に限られ、平常時は本人の同意が原則必要です。
Q秘密保持義務はいつまで続くのですか?
A条文上、期間の定めはありません。名簿情報の提供を受けた者であった者も義務の対象に含まれるため、担当を外れた後や退職した後も秘密を守る必要があります。
Q秘密保持義務に違反すると罰則はありますか?
A災害対策基本法の条文には、罰則の定めがありません。ただし、正当な理由なく秘密を漏らせば、要支援者本人やその家族の権利利益を侵害する行為として、別の法律上の責任を問われる可能性があります。
まとめ
✔「避難行動要支援者名簿」は、平成25年6月21日の通知(府政防第559号・消防災第246号・社援総発0621第1号)で運用が示され、市町村長に作成が義務付けられました。
✔きっかけは東日本大震災で多くの高齢者・障害者の命が失われたことでした。
✔対象は、要配慮者のうち災害時に自ら避難することが困難で特に支援を要する人です。
✔名簿には氏名・生年月日・住所など7項目を記載します。
✔名簿情報は、平常時は本人の同意を得て消防機関や自主防災組織などに提供されます。
✔災害が発生し、又は発生するおそれがある場合は、同意なしに提供できます。
✔名簿情報を受け取った人には、正当な理由なく秘密を漏らしてはならない義務が課され、これに罰則の定めはありません。
それが一番の備えになります。
㈱防災屋でもご相談を承っております。
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この記事を書いた人
㈱防災屋Web編集部
元消防士、行政書士、高専卒など
防火管理者には「セルフ選任」と「プロ代行」の2択があることをもっと多くの方々に知ってもらい、世の中の防火管理レベルをもっと上げていきたい。
0にはできない火災リスクとの向き合い方を伝え、救える命を増やし、悲しみの総量を減らしたい。
後悔してからでは遅すぎる火災予防に、Webの力で取り組む㈱防災屋の編集部です。
監修・編集者
青木 俊輔
㈱防災屋 代表取締役/消防設備士
平成元年生まれ、三重県鈴鹿市出身。祖父が創業した消防設備業者で10年間勤務した後、独立・起業。現在は青木マーケ㈱、㈱防災屋、(一社)予防団の運営に携わる。Amazonベストセラー1位『改訂版 消防設備士0類』著者。月刊誌「電気と工事(オーム社)」でコラム連載中!
本記事の消防法令、消防用設備等の技術情報および記述内容を監修・編集しています。
詳しい経歴・保有資格を見る
学歴
- 鈴鹿工業高等専門学校 材料工学科 卒
- 静岡大学工学部物質工学科 材料科学コース 卒
- 静岡大学大学院工学研究科物質工学専攻 修了
保有資格
- 消防設備士:甲種特類、甲種1~5類、乙種6・7類
- 危険物取扱者:甲種、乙種1~6類、丙種
- 防火対象物点検資格者/防災管理点検資格者/甲種防火管理者
- 第二種電気工事士/工事担任者(総合通信)/第三種電気主任技術者
- 自家用発電設備専門技術者/特種電気工事資格者/職長・安全衛生責任者
- eco検定/民泊適正管理主任者/フォークリフト運転技能講習 修了
趣味:ギター、バスケットボール(全国高専大会優勝・キャプテン)
主な活動
参考・出典
- 災害対策基本法等の一部を改正する法律による改正後の災害対策基本法等の運用について(平成25年6月21日 府政防第559号・消防災第246号・社援総発0621第1号)
- 災害対策基本法(昭和36年法律第223号)第49条の10・第49条の11・第49条の12・第49条の13
※本記事は公表されている法令および消防庁の通知に基づく一般的な解説です。条例や運用は市町村ごとに異なる場合があります。個別の判断は所轄消防署にご確認ください。