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入居者に賃借権があるから従えないという言い分はなぜ通らなかったのか|共同住宅の使用禁止命令で認められた受命者適格を解説

賃借権があるから従えないという言い分は退けられたという見出しと共同住宅の外観の写真

共同住宅の一室を借りている入居者にも、契約上の賃借権があります。
消防から使用禁止命令が出たとき、名宛人とされた側は「入居者の権利があるから、退去させる内容には従えない」と考えたくなるかもしれません。
けれども、この言い分がそのまま通用するとは限りません。
共同住宅をめぐる使用禁止命令の裁判で、この抗弁がどう扱われたのかを解説します。

うちのアパートは家具も置かず短期で住む人が多いんです。
使用禁止命令が出ても、入居者の賃借権があるから従えないと言えませんか。

残念ながら、それだけでは履行を拒む理由にはなりません。
実際にそう主張して退けられた裁判例があります。

命令は誰に届くんですか。
所有者だけですか、それとも入居者にも来るんですか。

実は両方に届きます。
今日はその判決の中身を見ていきましょう。

この判例の要点
  • 使用禁止命令の名宛人は所有者・管理者に限らず、共同住宅の入居者も含まれます
  • 所有者・管理者・入居者はいずれも受命者適格を持ち、違うのは履行方法だけです
  • 命令の名宛人は「入居者に賃借権があるから履行できない」と主張しましたが、この抗弁は退けられました
  • 入居者の賃借権が一時使用目的の短期的なものにすぎないと認定されたことが決め手になりました
  • 消防法の措置命令が持つ公益性・緊急性の前では、賃借権は履行に必要な限度で制限を受けます

使用禁止命令はだれに届くのかを示す、対象の建物・所有者と管理者・入居者も対象・賃借権は制限を受けるという4つの要素の図解

どんな共同住宅が使用禁止命令の対象になったのか

短期の入居者が多い共同住宅の外観とスーツケースや寝具が置かれた様子
昭和48年、消防法上の欠陥を理由に、ある共同住宅が使用禁止命令の対象になりました。
命令の名宛人とされた側は、これに従わなかったとして罪に問われました。
  • 建物は共同住宅で、入居者の多くは長期に居住するつもりがなく、出入りがかなり頻繁だった
  • 家具や寝具さえ持たない入居者も少なくなかった
  • 賃料は日払いか、10日ないし半月程度の短期間払いで、敷金・権利金は支払われていなかった
  • 建物はその実質において簡易宿泊所に類似し、入居者のほとんどは借家法第8条にいう一時使用のための賃借権を有するにすぎないと認定された
(大阪地方裁判所 昭和48年4月10日判決の事実関係より)
この建物は、長く住み続ける入居者を想定した普通のアパートとは実態が違いました。
出入りの多さや短期払いの賃料は、簡易宿泊所に近い使われ方をしていたことを示しています。
この実態が、のちに賃借権の性質を判断するときの重要な材料になりました。
だからこそ、命令が誰に届くのかという争点が生まれます。

短期の入居者が多い建物だったんですね。
うちのビルにも似たような部屋があります。

その使われ方が、あとの判断に影響してきます。

使用禁止命令はだれに届くのか

共同住宅の前に設置された使用禁止命令の標識
使用禁止命令は、消防長や消防署長が権原を有する関係者に対して出す行政処分です。
今回の事件では、この「関係者」の範囲そのものが争われました。
消防法第5条に基づく使用禁止命令の名宛人は、当該建物を使用している占有者のほか当該建物の所有者若しくは管理者であると考えられる。本件の如く建物が共同住宅である場合、当該建物の入居者は消防法第5条にいう権原を有する関係者として使用禁止命令の受命者適格を有することは明らかである。(大阪地方裁判所 昭和48年4月10日判決)
命令が届く相手は所有者や管理者だけとは限りません。
裁判所は、建物を実際に使用している入居者も「権原を有する関係者」に含まれると判断しました。
つまり、所有者・管理者・入居者が別々に存在する共同住宅では、命令が及ぶ範囲を一人だけに絞り込めないということです。
次に、この判断がどこまで広がるのかを見ていきます。

うちの建物は管理会社に任せていますが、入居者にも命令が届くことがあるんですか。

はい、届く可能性があります。
それで管理会社の責任が消えるわけではありません。

入居者にも受命者適格が認められたのはなぜか

標識の前に立つ所有者・管理者・入居者を示す複数の人物
裁判所は、使用禁止命令の受命者適格について、さらに踏み込んだ判断を示しました。
この建物には、所有者・管理者・入居者という複数の立場の人が関わっていたからです。
右入居者が受命適格者であるからといって当該所有者、管理者の右受命者適格が否定される筋合いのものではなく、使用禁止命令については、右所有者、管理者、入居者はいずれも受命者適格を持つというべきであって、ただ、使用禁止命令の履行方法に差異を生ずるにすぎない。(大阪地方裁判所 昭和48年4月10日判決)
受命者適格は、一人に絞られるものではありません。
所有者・管理者・入居者のいずれもが、それぞれの立場で受命者適格を持ち得ます。
違うのは、命令の内容をどう履行するかという方法だけです。
「自分は入居者ではないから関係ない」という主張は、これだけでは通らないということです。

複数の人に受命者適格があるなら、誰が履行を進めればいいんですか。
押し付け合いになりそうで心配です。

実務上は、建物を管理する立場の方が中心になります。
次は、実際に退けられた言い分を見てみましょう。

賃借権があるから従えないという言い分はなぜ通らなかったのか

スーツケースと寝具の脇にある施錠された共同住宅の入口
命令の名宛人とされた側は、入居者の賃借権を理由に「履行は法律上不可能だ」と主張しました。
この抗弁を、裁判所はどう判断したのでしょうか。
本件当該入居者は、若干名を除き、ほとんど長期にわたって居住するつもりはなく……その入居者のほとんどは借家法第8条にいう一時使用のための賃借権を有するにすぎないものと考えられる。(略)入居者の賃借権は、当該措置命令の名宛人が当該建物の所有者、管理者であっても、その内容に応じその履行に必要な限度で制限を受けるのが相当である。(大阪地方裁判所 昭和48年4月10日判決)
「入居者の権利があるから」は免罪符になりませんでした。
裁判所は、入居者の賃借権が長期の居住を前提としない一時的なものだったという実態に着目しました。
そのうえで、消防法の措置命令が持つ公益性・緊急性を踏まえれば、入居者の権利は命令の履行に必要な限度で制限を受けると判断しました。
「権利があるから従えない」という言い分は、そのままでは通らないということです。

入居者の権利を盾にして先延ばしにするのは、やっぱり危ないんですね。
うちも同じことを考えたかもしれません。

賃借権の性質や建物の実態次第では、同じように判断される可能性があります。
権利を理由にした先延ばしは、リスクだと考えてください。

命令を受けたら明日から何をすればよいのか

クリップボードを持ち共同住宅を確認する担当者
この判決から読み取れる実務上のポイントを整理します。
命令を受けてから慌てないために、平時からできることもあります。
  • 使用禁止命令を受けたら、まず自分がどの立場(所有者・管理者・占有者)で受命者適格を持つのかを確認する
  • 入居者がいる建物では、入居者の賃借権を理由に履行を拒めないことを前提に、退去や是正のスケジュールを組む
  • 短期利用・簡易宿泊所的な運用をしている建物ほど、この判決の考え方が当てはまりやすいと考えて備える
  • 命令の履行方法に迷ったら、所轄消防署に相談し、いつまでに何をするかを確認する
  • 平時から消防計画に、命令を受けた場合の連絡体制と入居者への周知手順を盛り込んでおく
備えは「命令が来てから」では遅れます。
使用禁止命令は複数の立場の人に及ぶ可能性があることを前提に、平時から連絡体制を整えておくことが大切です。
入居者の権利を理由に先延ばしできるという誤解は、この判決を機に見直しておきましょう。
迷ったときは自己判断せず、所轄消防署に確認することが一番の近道です。

命令が来る前に確認しておくべきことが、よく分かりました。
まずは消防計画を見直してみます。

それが一番の近道です。
迷ったときはいつでもご相談ください。

よくある質問

Q使用禁止命令と改修命令はどう違うのですか?
A改修命令(第5条)が履行されない、または履行されても十分でない場合に、より強い手段として出されるのが使用禁止・停止・制限命令(第5条の2)です。先の命令が守られなかったときの次の一手という関係にあります。
Q賃貸借契約があれば必ず入居者にも命令が届くのですか?
A今回の判決は共同住宅で入居者にも受命者適格が認められた事例ですが、建物の使われ方や契約の実態によって判断は変わり得ます。個別の建物での扱いは所轄消防署に確認するのが確実です。
Q命令に従わなかった場合、罰則はあるのですか?
A消防法第39条の2の2により、使用禁止・停止・制限命令への違反は3年以下の拘禁刑又は300万円以下の罰金の対象です。法人の業務に関して行われた場合は、第45条により法人にも1億円以下の罰金刑が科されます。
Q判決の考え方は現行の条文にもそのまま当てはまるのですか?
A判決当時の消防法第5条は、その後の改正で措置命令(第5条)と使用禁止・停止・制限命令(第5条の2)に分かれました。受命者適格についての考え方自体は現行の第5条の2にも通じると考えられます。

まとめ

使用禁止命令の対象になったのは、短期の入居者が多い共同住宅でした
命令の名宛人は所有者・管理者に限られず、入居者も含まれると判断されました
所有者・管理者・入居者はいずれも受命者適格を持つとされ、違うのは履行方法だけです
命令の名宛人とされた側は、入居者の賃借権を理由に履行は法律上不可能だと主張しました
入居者の賃借権は一時使用目的の短期的なものにすぎないと認定されました
消防法の措置命令の公益性・緊急性に照らし、賃借権は履行に必要な限度で制限を受けるとされました
命令を受けたら「入居者の権利があるから」を理由に先延ばしにはできないと心得ておく必要があります

命令が来たときに誰が対象になるのか、イメージできました。
ありがとうございます。

受命者適格は複数の立場に及ぶことを覚えておいてください。
㈱防災屋でもご相談を承っております。

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監修・編集者
青木 俊輔
青木 俊輔

㈱防災屋 代表取締役/消防設備士

平成元年生まれ、三重県鈴鹿市出身。祖父が創業した消防設備業者で10年間勤務した後、独立・起業。現在は青木マーケ㈱、㈱防災屋、(一社)予防団の運営に携わる。Amazonベストセラー1位『改訂版 消防設備士0類』著者。月刊誌「電気と工事(オーム社)」でコラム連載中!

本記事の消防法令、消防用設備等の技術情報および記述内容を監修・編集しています。

詳しい経歴・保有資格を見る
学歴
  • 鈴鹿工業高等専門学校 材料工学科 卒
  • 静岡大学工学部物質工学科 材料科学コース 卒
  • 静岡大学大学院工学研究科物質工学専攻 修了
保有資格
  • 消防設備士:甲種特類、甲種1~5類、乙種6・7類
  • 危険物取扱者:甲種、乙種1~6類、丙種
  • 防火対象物点検資格者/防災管理点検資格者/甲種防火管理者
  • 第二種電気工事士/工事担任者(総合通信)/第三種電気主任技術者
  • 自家用発電設備専門技術者/特種電気工事資格者/職長・安全衛生責任者
  • eco検定/民泊適正管理主任者/フォークリフト運転技能講習 修了

趣味:ギター、バスケットボール(全国高専大会優勝・キャプテン)

主な活動

参考・出典

  • 昭和48年4月10日 大阪地方裁判所判決
  • 消防法第5条(当時)=現行の消防法第5条の2に相当
  • 消防法第39条の2の2・第45条

※判決文の引用中の人名は、いずれも役割を示す表記(所有者・管理者・入居者など)に置き換えています。本記事は確定した判決の内容を要約したものです。判決当時の法令に基づく判断であり、条文番号も当時のものです。その後の改正により現在の規定とは異なる場合があります。個別の事案についての法的な判断は弁護士に、消防法令の適用は所轄消防署にご確認ください。

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