デパートの火災で多くの人が亡くなったとき、取締役や現場の社員はどこまで刑事責任を問われるのでしょうか。
昭和48年に熊本市の大洋デパートで起きた火災では104名が亡くなり、取締役人事部長・売場課長・防火管理者だった営繕課員の3人が業務上過失致死傷罪に問われました。
控訴審は3人を有罪としましたが、最高裁は平成3年にこれを破棄し、3人とも無罪とした第一審の判断が維持されました。
この判決が示しているのは防火管理の責任は、肩書や選任届ではなく実際の権限を持つ人に問われるということです。
防火管理者に選任されたら、何があっても責任を問われるんですか。
この事件では選任届があっても過失は否定されました。
それなら、選任されても安心ということでしょうか。
そうとは限りません。
判決がどこで線を引いたのか、この記事で順に見ていきます。
- 昭和48年の大洋デパート火災で、取締役人事部長・売場課長・営繕課員の3人の無罪が確定しました
- 株式会社で防火管理上の注意義務を負うのは、一般には代表取締役であり取締役会ではないとされました
- 防火管理者の資格の管理的又は監督的な地位とは、防火管理の業務を遂行できる権限を持つ地位をいうとされました
- 選任届が出ていても、権限を与えられていなかった営繕課員に防火管理者としての責任は問えないとされました
- 火元責任者の主な職責は火気の使用と取扱いであり、当然に訓練の職責まで負うものではないとされました
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目次
どんな火災だったのか

判決が前提とした事実だけを並べます。
- 昭和48年11月29日午後1時10分ころ以後、熊本市で営業中のデパート本館の階段の、2階から3階への上がり口付近で原因不明の火災が発生した
- 建物は鉄筋コンクリート造りの地下1階・地上7階・一部9階・塔屋4階建てで、床面積は合計19,074平方メートルだった
- 当時は隣に共同ビルを建てる増築工事と本館の改築工事が行われていた
- 熊本市消防局から再三指摘を受けながら、消防計画は作成されておらず、消火・通報・避難の訓練も一度も行われていなかった
- 工事に伴って本館北側の非常階段が撤去され、代わりの避難階段はなく、義務付けられていた非常警報設備や避難器具なども設置されていなかった
- 火は階段に切れ目なく積まれていた寝具入りの段ボール箱を伝って3階店内に入り、3階から8階までの各階をほぼ全焼して午後9時19分ころに鎮火した
- 従業員による火災の通報は全くされず、避難誘導もほとんど行われないまま、従業員・客・工事関係者104名が亡くなり、67名が負傷した
防火管理者だった営繕部長が退職した後、後任が選ばれないまま放置され、消防から指摘を受けてようやく選任届が出されたと認定されています。
その選任届で防火管理者とされたのが、部下を1人も持たない営繕課の課員でした。
経営会社の代表取締役社長と常務取締役も起訴されましたが、いずれも第一審の途中までに亡くなっています。
最高裁で判断されたのは、残る3人に過失があったかどうかです。
消防計画も訓練もないまま、工事中に営業していたんですね。
設備も体制も欠けた状態でした。
取締役と社員の3人は何を問われたのか

検察官の主張と、裁判所ごとの判断の分かれ方を見ます。 争点は3人それぞれに注意義務があったかどうかでした。
取締役人事部長については、社長を補佐して防火管理者を指揮監督するか、自ら消防計画を作って訓練を行うべきだったと主張されました。
3階の売場課長については、火元責任者・自衛消防隊の責任者として、平素の訓練と、火災時に防火シャッターを閉めて延焼を防ぐ措置を採るべきだったと主張されました。
営繕課員については、防火管理者として消防計画の作成と訓練、避難階段や避難設備の設置などをすべきだったと主張されました。
第一審の熊本地方裁判所は3人とも無罪とし、控訴審の福岡高等裁判所は3人とも有罪としたため、判断が正反対に分かれたまま最高裁に上告されました。
同じ事実なのに、無罪と有罪に分かれたんですね。
分かれ目は誰が義務を負う立場だったかです。
裁判所は防火管理の責任が誰にあると判断したのか

まず、会社の中で防火管理の注意義務を負うのは誰かを、判決は次のように述べています。
判決は、このデパートでは株式のほとんどを持つ社長が経営の一切を統括し、防火管理についても包括的な権限と義務を持っていたと認めています。
社長が業務を遂行できない事情もなかったため、防火管理体制の不備の責任は社長にあるとされました。
一方で、3階の売場課長は、自分の売場で火災に直面した者として、応急消火や延焼防止の措置を採るべき立場にあったとされています(当時の消防法第25条第1項など)。
つまり判決は、誰にも義務がなかったとしたのではなく、義務の中身と持ち主を立場ごとに切り分けたのです。
責任がなくなったのではなく、社長の側にあったということですね。
判決はそう判断しています。
3人の過失はなぜ認められなかったのか

検察官の主張がどこで退けられたのかを、防火管理者から見ます。
営繕課員は自分が防火管理者にふさわしい地位にないと上申していましたが、何の措置も採られませんでした。判決は、上層部がそれを知りながら選任し放置していた以上、権限の委譲を求める義務もなかったとし、できる範囲の業務は遂行していたと認めています。
取締役人事部長は、防火管理者に選任されたことも委任を受けたこともなく、取締役会の一員として決議を促す義務や、社長に意見を言う義務も否定されました。代表取締役に業務を期待できない特別の事情がない限り、取締役は責任を問われないとされています。
売場課長は、階段の火を見てから3階に燃え移るまで約1分しかなく、その間に消火を命じ、自らも段ボール箱を動かすなどしていました。判決は、防火シャッターをすぐ閉めなかった判断を事後的にみれば誤りとしつつも、できる限りの努力をしていたとして過失を否定しました。
火元責任者の主な職責は防火管理者の指導監督の下での火気の使用と取扱いであり、命じられていない訓練まで当然に負うものではないとされています。
名前だけ防火管理者にされた人の責任は、問えないということですか。
この事実関係のもとではそう判断されました。
明日からなにをすればよいのか

一般論ではなく、この事案で問題になった点に絞ります。 確かめることは権限・指示・上申の3つです。
管理権原者は、防火管理者に選んだ人が、消防計画の作成や訓練を実際に進められる権限と地位を持っているかを確かめます。現在の消防法施行令第3条第1項も、防火管理者は管理的又は監督的な地位にあるものと定めています。
防火管理者は、火元責任者に何を任せるかを消防計画で決め、必要な指示を与えます(現在の消防法施行令第3条の2第4項)。指示していない訓練は、火元責任者の職責として当然には期待できません。
自分の権限で進められない工事や訓練は、管理権原者の指示を求め(同条第3項)、上申した日付と内容を記録に残します。
㈱防災屋でも、消防計画の見直しや火元責任者の任務の整理、訓練の記録整備をご相談いただけます。
火元責任者の任務を消防計画に書き出して、上申の記録も残します。
権限が足りないときは早めに上げてください。
よくある質問
まとめ
自分にどこまで権限があるかを、経営側と確かめます。
防火管理者も管理権原者もそれぞれの立場で義務を負います。
㈱防災屋でもご相談を承っています。
㈱防災屋 代表取締役/消防設備士
平成元年生まれ、三重県鈴鹿市出身。祖父が創業した消防設備業者で10年間勤務した後、独立・起業。現在は青木マーケ㈱、㈱防災屋、(一社)予防団の運営に携わる。Amazonベストセラー1位『改訂版 消防設備士0類』著者。月刊誌「電気と工事(オーム社)」でコラム連載中!
本記事の消防法令、消防用設備等の技術情報および記述内容を監修・編集しています。
詳しい経歴・保有資格を見る
- 鈴鹿工業高等専門学校 材料工学科 卒
- 静岡大学工学部物質工学科 材料科学コース 卒
- 静岡大学大学院工学研究科物質工学専攻 修了
- 消防設備士:甲種特類、甲種1~5類、乙種6・7類
- 危険物取扱者:甲種、乙種1~6類、丙種
- 防火対象物点検資格者/防災管理点検資格者/甲種防火管理者
- 第二種電気工事士/工事担任者(総合通信)/第三種電気主任技術者
- 自家用発電設備専門技術者/特種電気工事資格者/職長・安全衛生責任者
- eco検定/民泊適正管理主任者/フォークリフト運転技能講習 修了
趣味:ギター、バスケットボール(全国高専大会優勝・キャプテン)
参考・出典
- 平成3年11月14日 最高裁判所第一小法廷判決 昭和63年(あ)第1064号(破棄自判・第一審の無罪判決を維持)
- 昭和63年6月28日 福岡高等裁判所判決(控訴審)
- 昭和58年1月31日 熊本地方裁判所判決(第一審)
- 消防法第8条第1項、第25条第1項(いずれも当時)
- 消防法施行令第3条(当時。現行の第3条第1項)、第4条第1項・第2項(当時。現行の第3条の2第3項・第4項)
- 刑法第211条
※判決文の引用中の人名は、いずれも役割を示す表記(防火管理者・代表取締役社長など)に置き換えています。本記事は確定した判決の内容を要約したものです。判決当時の法令に基づく判断であり、条文番号も当時のものです。その後の改正により現在の規定とは異なる場合があります。個別の事案についての法的な判断は弁護士に、消防法令の適用は所轄消防署にご確認ください。






